『あの頃、君を追いかけた』

主演:山田裕貴、ヒロイン:齋藤飛鳥|空前のヒットなった台湾映画『あの頃、君を追いかけた』が舞台を日本に移し、旬の若手俳優たちにより新たな物語として生まれ変わる.

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『あの頃君を追いかけた』、これはその感想ブログというか、言いたいことめちゃくちゃ言うためのブログです(笑) まだ上映期間内ではあるので、各々ご配慮お願いしますね。

 

  さて、僕はこの作品、結局3回観ました。映画って安いから何回も観ようって気になれて良いですよね~。いや、映画は何回も観るものではないんですが(笑) 映画は2時間という枠の中で、伏線を撒き、結論に導くために展開をしている、だから余白な部分は無いと思ってます。だからこそ、どうしても1回では理解できなかったり見落としてたりするところがあります。なので、僕は映画を複数回観ること、割と好きです。この作品、キミオイもそうでした。初見で分かったこと、3回観て分かったこと、3回観ても分からなかったこと、そんな話たちをドバーッとしていきます。

 

 

 

 

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  この作品の「メッセージ」、これは何回観ても前にブログにした「大切な人に自分を知ってもらう努力」、これだと思ってます。これは僕自身、初見で感じて、辿り着いた印象なので、いやいやいやという思いがある方はすごく聞いてみたいです。主題歌になっている Thinking Dogs の『言えなかったこと』、浩介と真愛が言えなかったこと、それが言えなかった理由は、それはすべて自責、それが ”できなかった” から、なんだと思います。

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  この作品は、パラレルワールドという見せ方で、非ハッピーエンドを導いています。この「パラレルワールド」、人ってどうしても比較をして生きているんですよね。絶対は無い、なんて言いますけど、これ読み方を変えてもそのままその通りだと思います。人はどこかで、相対してるんです。あの時ああすればもっとこうなってたなぁって後悔したり、あの時ああしてたから今こうあれて幸せだよねって振り返ったり、だからこのパラレルという演出、すごい胸に刺さるもので、僕には刺さりすぎて3回とも観終わったあと苦しくて吐くかと思いました(笑)

  このパラレルワールドという見せ方、その終着点が、最後の結婚式のシーン。ふたりが繋がらなかった現実の世界で、浩介を見て笑っている真愛。繋がったもう一つの世界で、浩介を前に涙する真愛。この差が、繋がった世界と繋がらなかった世界の、この二つの世界の差、だと僕は思います。

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  初見の時、浩介を前にしたウエディングシーンで、なんで真愛が泣いてるか分かんなかったんですよね。だから、この「真愛の涙」には重要なエッセンスがあるんだなって、その後考えながら観てました。この作品で真愛が涙するシーンは4つ。学費盗難の時に反抗してバツを受けた時、浩介を呼び出して第一志望に落ちたことを伝えた時、格闘技大会の後、最後のウエディングシーン。1つ目のバツを受けた時、人って泣き顔は見られたくないもの。「見ないでよ」と言いながら浩介に見られ、浩介は「初めてお前を偉いと思った」と応える。浩介が真愛に入っていった、そんなエッセンスだと思います。2つ目の公園の時、涙を見せられる相手になり、その先を望むシーン。真愛にとって浩介はそれを望む相手になった、そんなエッセンスです。この時も浩介は何かできたか、と言われれば何もできなかった、となるかもしれません。3つ目、これは分かりやすいパラレルワールドの境い目、この時、浩介が真愛の涙を拭えたら、想う相手を想い、涙する時に行動できたら、そんな意味かなって思います。それができていたら、その続きが4つ目のシーンだと思います。

   このときの真愛の涙、涙粒は左目からしか流れてないんです。右目の涙粒は拭われてるんです。皆さん気づきましたか?僕は2回目の観賞で気づきました…3つ目のシーンで、浩介が真愛の涙を拭う時、左手で涙を拭うんです。

  ふたりが繋がらなかった世界では、いつもように幼稚に振る舞う浩介を見て楽しそうに笑う真愛。でも、ふたりが繋がった世界では、浩介の前にいる真愛は浩介の前で涙を流せる真愛で、真愛の前にいる浩介は真愛のその涙を受け取って拭える浩介で、もっともっとお互いに入っていった先としてふたりの関係を描くそんな涙、上手く言えないんですが僕はそう思うんですよね。望む姿がこうだったって、凄くシンプルな結論だなって、思います。

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  詩子の話を少しします。『Everytime we say goodbye, I die a little』、さよならを言うたびに、私は少しだけ死ぬ。元ネタはよく知りませんが、会うたびに分からなくなり離れていく、そんな意味とした時に、これが表すのは詩子と浩介の関係、ですよね。詩子は、真愛と反対に、幼馴染みだからこそ浩介のことを「よく知って」います。そして、そういう好きではなくても浩介のことが好きで、真愛のことも好き、だから真愛に「浩介のことを知ること」をしてもらいたくてフォローをします。私は格闘技をする浩介は好きだな、そう言うこのシーンの詩子が好きです。『もしそれが好きで堪らない人なら、愛され大切にされるのを心から祝福できる。』、この言葉、詩子が浩介へ、その言葉ともできる。そんな三人の関係を、詩子の視点で見るともっとギュッとしますよね。

  そんな詩子が最初の最初に放った言葉、「浩介の中には芸術家と犯罪者がいる」、何気なく放ったものだと思います。ただこれが、真愛に最後まで影響を及ぼした言葉になる。ありますよね、こういうこと。第三者側にいるからポロッと放った言葉が、当事者にとって巨大な言葉になってしまうこと。詩子の言葉によって、詩子の本意でない結果になった。すげぇ苦しいですよね。そういうことってよくあるし、よく知ってるから苦しい。詩子のストーリーってあるようで無いし、無いようであるそんな作り、それがなんか胸に来ました。

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  さて、3回見た結果、全く分からなかったこと、これはどうなんだろうってことがあります。酒のつまみにしたいやつです(笑) 原作を見ればわかること、もあるかと思います。皆さんのアンサー待ってます(笑)

 

●全く分からなかったこと
「芸術家と犯罪者がいる」、芸術家の対が「犯罪者」という例えだったことが何度見ても考えても分かりませんでした。ざっくり感性主義者のことを言っていることは分かります。それを良い言い方をすると芸術者、悪い言い方をすると犯罪者。ただ、犯罪者という重たい言葉を使うまでの意図が全く分かりません。台湾版でもあまり重要なワードでは無いみたいです。真愛は、この後も少し話しますが合理主義者。お互いを知ること、に対してその埋まらない差を表すのに最も重たい言葉だった、そういうことなんですかね?

 

●これはどうなんだろうって誰かの意見を聞きたいこと
①夏休み、ふたりで過ごした橋の上で、真愛は「私のどこが好き?」と浩介に問いました。このときの真愛は何を求めてたんでしょうね?真愛の問い方を見ると、”具体的な言葉” を求めていることは分かります。昭和の道徳、真愛にとっての数学、と話が作られていたように、真愛は合理主義者で、明解な答え、答えである言葉、を求める性格なんだろうと思います。だから、具体的な言葉を求めた。

  じゃあ、なんて言葉を求めたんでしょうね?真愛が最も欲しい具体的な言葉って「付き合って欲しい」こと、それに準ずることだと、この映画上の作りではそうなるんだと僕は思ってます。(卒業し、駅のホームで分かれるシーンで僕はそう捉えました。)なら「どこが好き?」という問いには何を求めていたのか。具体的な好きなとこを言えば納得したのか。真愛は本当の自分が知られてない、自信が無かったから、言われた言葉で判断したかった、んだと僕は思うんですがどうなんでしょう。そうだとしたらすごくリアルだと思います。ただなんだか寂しいですよね。なんかめっちゃ僕の思想というか、別の考えを聞きたいというか。 

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②熱気球を挟んで、浩介は「俺のこと好きか?」と真愛に問いました。結局、浩介が遮ってしまったんですが、この時、真愛はどうしたかったでしょうね?真愛が欲しかった具体的な言葉が付き合って欲しいことだとして、浩介がそれを言えなかった、としたら、真愛は浩介に「好き」という言葉が言えなかった。その言葉を熱気球に書いていました。

  それを答えたかったか、と言われれば答えたかったと僕は思います。熱気球に書いたことは言ったら叶わない、だからこれを言葉にしたくは無かった、というのはめっちゃ分かります。だから、伝えられない、伝えることを拒む、というのもあるなぁとは思います。でも、僕は何かを伝えたかったんじゃないかと思ってます。欲しかった言葉、ではないけど浩介から問われることが無かったんじゃないかなぁ。だとしたら、「好き」という言葉は出せないかもしれないけど、自分に自信が無い中でポジティブな言葉を伝えたかった。そして、それによって浩介の言葉を引き出したかった、そんなチャンスだとしたかったんじゃないかなぁと。浩介に遮られたときの表情は、僕にとってはそう見えました。

  ただこれも、結構僕の中の期待論なんですよね。直接この話じゃないですが、「真愛は最初から浩介と結ばれないことはどこかで気づいてたのでは」という感想をどっかで見ました。そういう見方もあるよなって思ったりします。

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③真愛は「あの日が満月で、私が髪を切っていたら、私たちは付き合っていたかもしれない」と言います。真愛にとってのパラレルワールドの境い目、なぜこれだったのでしょうね?既にお題箱で答えたりはしてますけど、作品上の比較対象演出としてのパラレルワールドの強調だとは思います。

  ただ、真愛もどこかで別の世界があったかもしれない、と気づいていたことが分かる重要なシーンです。初めのテストが返ってきた日の教室、努力してくれた浩介を見て、眺めた満月、真愛が浩介のことを「好き」の意味で意識し出したのは僕はここだと思います。だから、「満月」が重要なもの、なんだと僕は思っています。その時の想いが繰り返されていたら、それが真愛にとってのきっかけになったかもしれない、そうじゃないかなぁと。あと、『You are the apple of my eye.』、満月ってりんごっぽくないですか?バカ(笑) 幼稚(笑) すみませんでした。私が髪を切っていたら、これは正直大きい意味がこもってるとは思えないんですがどうでしょう。自身の希望を、自分の手で叶えていれば、それがきっかけになったかもしれない、そういうこともありますかね。

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   ここまで4358文字、なっが(笑) まあそれだけ好きだったってことで、ここまで目を通してくれた方、有難うございました。でもまだまだ話せることはありますね。追記したくなったらどうしよう(笑)

 

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